名鉄観光・名鉄旅行プロジェクトもだいぶ進行してきましたね〜
名鉄は最高ですよね・・・・
その名鉄利用して観光や旅行〜
では
名鉄観光・名鉄旅行の第7弾
[編集] オイルショック後(高度経済成長期終焉後)
1974年(昭和49年)9月 都市間連絡(特急)主体から急行を復活させるなど、都市圏輸送に改める白紙ダイヤ改正を実施。
1975年(昭和50年)8月24日 中央自動車道・中津川〜駒ヶ根間開通を機に、一般道経由で運行していた「名飯急行バス」を高速経由に改めた「中央道特急バス(現・中央道高速バス)」として開業。直営では初の高速バス路線(事業)となる。
1976年(昭和51年)12月 名鉄初の本格的な3扉通勤車6000系登場。第1次オイルショック後に急増した通勤客輸送で威力を発揮し、名鉄における「通勤車」の地位を確立。
1977年(昭和52年)3月 ダイヤ改正。座席指定特急のみを「特急」とし、料金不要の特急を「高速急行(高速)」に種別変更。
1979年(昭和54年)7月 豊田線が開通、名古屋市営地下鉄鶴舞線との間で名鉄初の都市型相互直通運転を開始。
1982年(昭和57年)3月 ダイヤ改正。7000系5編成を名鉄初の線内特急の専用車(通称白帯車)に改造・運用開始。以降、特急運用の専用車化を進め、1988年(昭和63年)に特急専用車1000系「パノラマSuper」を新造・登場させるきっかけとなる。
1983年(昭和58年)6月 特急列車に女性乗客掛(正式な乗務員としては戦後国内初)が乗務を開始。以降、順次増員を進めて早朝・深夜を除く全特急列車(指定席)に乗務となる。
1983年(昭和58年)11月 特急座席管理システム完成、座席指定券のオンライン発売を開始。
1984年(昭和59年)1月 東名古屋港駅を除き貨物取り扱いを廃止。定期貨物列車全廃。
1985年(昭和60年)3月 ダイヤ改正。前年に八百津線へ導入した軽量気動車「LEカー」を、広見線(新可児〜御嵩間)・三河線(猿投〜西中金間)にも導入・本格運用を開始し、ワンマン運転を実施。
1987年(昭和62年)3月 新名古屋駅(現、名鉄名古屋)全面改装工事完成。これにより、普通乗車券を含めた自動改札機の本格使用を開始(以降、主要駅の自動改札化を進める)。
1988年(昭和63年)5月 全日空・名鉄グループ各社の共同出資で中日本エアラインサービス(NAL)を設立。コミューター路線の開拓に着手。
1989年(平成元年)7月 金山総合駅完成。東西連絡線開業時からの金山橋駅を移転し、駅名も「金山」に改称。
1990年(平成2年)4月 名鉄初のプリペイドカード「パノラマカード」を発売開始、名古屋本線金山〜神宮前間の複々線化完成。
1990年(平成2年)6月 サンライズバス設立。同年10月に名鉄バス蒲郡営業所(名古屋鉄道蒲郡自動車営業所)を移管し、採算(存続)の難しいバス路線を分社化する嚆矢となる。
1990年(平成2年)8月 特急専用車(1000系)増備により、名古屋本線特急の120km/h運転を開始。
1990年(平成2年)10月 ダイヤ改正。本線特急を指定席車と自由席車併結(一部指定席化)とし、自由席特急の性格を持っていた「高速」を統合。また、瀬戸線以外の準急を急行へ統合し、停車駅の見直し(特別停車駅による停車駅調整)を行う。またこの改正より民鉄で初めて前照灯の昼間点灯を開始。
wikipediaより引用
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E9%89%84%E9%81%93
2007年07月18日
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